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亀田誠治さんに聞く、日比谷音楽祭2021からみた配信ライブの現在地と可能性

「音楽の新しい循環をみんなでつくる、フリーでボーダーレスな音楽祭」という言葉を掲げ、2019年より開催されている『日比谷音楽祭』。

U-NEXTでは、2021年5月29〜30日に開催された「日比谷音楽祭2021」を独占生配信させていただきました。本音楽祭の実行委員長で、音楽プロデューサー・ベーシストでもある亀田誠治さんは、「どんなことがあっても開催しなければ」という想いのもと、今年の開催に臨んだと言います。

本記事では、その背景にあった想いと振り返り、亀田さんが捉えたオンライン配信の可能性をU-NEXT COO本多利彦を聞き手に紐解きます。

開催は、1年前から心に決めていた

本多:はじめに、日比谷音楽祭2021開催までの経緯を教えていただけますか?

亀田:昨年の日比谷音楽祭が終わった時点で、来年(2021年)は絶対に開催することだけは心に決めていました。

コロナ禍によって、昨年は一切自分たちの予定していたことができなくなってしまいました。日比谷公園を使ったイベントは中止。ニッポン放送の協力のもと、なんとか「日比谷音楽祭ON RADIO」という形でお届けし、手弁当でその様子のYouTube生配信も行いました。

ただ、その時点で1年後を想像しても、決して楽観的な状態とはいえなかった。だからこそ、来年(2021年)は、“どんなことがあっても開催しなければ”と考えていました。

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音楽プロデューサー・ベーシスト 亀田誠治さん

本多:難しい状況が予測できたからこそ、あえて開催すべきと考えられたのでしょうか?

亀田:そうとも言えるかもしれません。僕が何よりも大事にしたかったのが、エンターテイメントの力を伝えることです。

1年前、音楽やエンターテイメントは「不要不急」と言われました。たしかに医療従事者をはじめエッセンシャルワーカーの方々はコロナ禍という未曾有の事態の中で大変なご苦労をされていたと思います。しかしその一方で、僕らが携わるエンターテイメントは「人の心に水やりをする」ことができる大切なものだと思うんですよ。もしかしたらエッセンシャルワーカーの方々にとっても、心の支えになっているかもしれない。

多くの人が不安な気持ちを抱える状況だからこそ、音楽やエンターテイメントは絶対に力になれるという確信がありました。「#音楽を止めるな」といった動きもありましたが、僕が真っ先にやろうと思ったのは、「日比谷音楽祭2021」を安全安心に開催することだったんです。

同時に、エンターテイメント業界全体やスタッフ含め、プロフェッショナルな人々の活動の場がなくなっているという現実もありました。日比谷音楽祭2020では開催中止で仕事を失ったスタッフをサポートするクラウドファンディングを実施しましたが、業界全体の力になるためにも日比谷音楽祭2021の開催を目指しました。

本多:開催方法を模索される中で、「配信」も選択肢に入れられたのですか?

亀田:コロナの状態が見渡せない中ですから、「どんなことがあっても」というからには多様な選択肢を考えなければいけません。その中でコロナ禍から始まった「オンライン配信」は必須だと考えました。

2020年春の時点で、海外ではGlobal Citizenがフェスの代わりにストリーミング・コンサート『One World: Together at Home』を開催したり、先行事例も少しずつ登場してきていました。それらから学びつつ、どのようなかたちにすれば、一人も排除せずエンターテイメントや音楽の素晴らしさを伝えられるかを考えていました。

無料開催というコンセプトを、配信でも再現

本多:今回、オンライン配信はU-NEXT独占でやらせていただきました。私たちとご一緒いただけた理由も教えていただけますか?

亀田:U-NEXTとならお互いのためになる形で手を組めると考えました。僕たちは、エンターテイメントを支え広げていくことに共感いただける方々とコラボレーションしたかった。U-NEXTとはその点をとにかく時間をかけて議論できました。

本多:私たちが本格的にチケット型・見放題型のハイブリッドで音楽ライブの配信を始めたのは、2020年6月のサザンオールスターズ(チケット型)からです。以降、250以上のライブ配信を経験させていただき技術的な「高画質、高音質」という面には自信がありましたが、日比谷音楽祭が求められるのはそれだけではない。亀田さんが日比谷音楽祭の開催に込められた明確な世界観や想いがあるからです。

「音楽の新しい循環をみんなでつくる、フリーでボーダーレスな音楽祭」「親子孫3世代、誰もが気持ちのよい空間と、トップアーティストのライブやさまざまな質の高い音楽体験を、無料で楽しめます」といった言葉にも表れるように、一般的な音楽イベントとはそもそもの出自も異なります。

それに対し、私たちも「ただ高品質に配信するだけ」ではなく、亀田さんが目指す「体験」をしっかり届けたかった。だからこそ、たくさん議論し、考え抜いたところでもありました。

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U-NEXT COO 本多利彦

亀田:日比谷音楽祭は、「フリーでボーダーレス」「親子孫3世代」といった言葉を掲げ、企業様からの協賛と自治体の助成金、一般の皆さまからのクラウドファンディング によって運営資金をまかない、参加される方にからは費用をいただかず無料イベントとして開催してきました。

「世代やジャンルや好みを超えてさまざまな音楽に出会える、誰に対しても開かれた場を作りたい。一人でも多くの人が音楽が持つ広がりと深さ、そして音楽の楽しみを知るきっかけになりたい」という想いからスタートしているからです。

配信に際しても、今回はその想いを反映できないか相談し、結果的にはU-NEXT会員の方であれば追加費用はかからずに、会員でなくても31日間の無料トライアルの中で楽しんでいただける形にまとめていただけました。

「音漏れという魅力」と「人流制限」の葛藤

本多:開催に向けては、様々な場面でご苦労があったかと思います。私たちは配信を中心に見てきましたが、音楽祭全体を見ていた亀田さんの視点から振り返ると、今回の開催において最も苦労されたのは何だったのでしょう?

亀田:最も調整を要したのは音でしたね。

本多さんはご存じですが、今回直前まで「現地での有観客+オンライン配信のハイブリッドでの開催」を想定していました。しかし、5月に緊急事態宣言が延長されたことで公園全体を使ったイベント開催ができなくなり無観客へ変更。かつ、「人流制限」への厳しい対応が求められました。

野音(※日比谷公園内にある日比谷公園音楽堂)は音漏れが魅力的な空間です。平時であれば、遠くから音楽が聞こえてきて「お、何かやってるな」という空気感が生まれる。それが「人流制限」という観点ではとても難しい要素になりました。

本多:ライブが開催されることで、人が集まってしまわないような対応が求められたと。

亀田:無観客といっても、GLAYや桜井和寿さんをはじめとする著名アーティストの声や音楽が聞こえてくれば、人はどうしても集まってしまいます。

だから今回、僕は「PAスピーカー(※会場に向けて音を出すスピーカー)から音を出さないでできないか」「極論、ゼロにしてほしい」と相談しました。いま、アーティストはほとんどイヤモニ(※インイヤーモニター、イヤホン状のモニタースピーカー)から音を聞いていますし、理論上はPAの音がでなくても問題はないと考えたからです。

とはいえ、実際アーティストはホールに響く音を感じながらパフォーマンスをしますし、照明やカメラクルー含め全員が同じ音を聴きながら現場を動かしている。経験豊富なPAエンジニアの方と相談を重ねた結果、会場内の業務に支障がない範囲で音漏れを最小限に抑えた音量を目指すことになりました。

PAスピーカーは最小構成に、照明などを操作するセンター卓には専用のスピーカーを別途設置。周辺ではスタッフが、「音が大きくなってないか」を確認し、リハーサル中に大きくなった際には、僕に連絡が集まり「ちょっと下げてもらえないかな?」と折衝したりもしました。

現場では徹底した感染症対策をすると同時に、人の滞留を起こさないために「声がけ」スタッフも数多く配置しました。結果、普段よりも整備の人員は多くなったほどでした。もし、今回人流で失敗したりクラスターが生まれたりしたら、興行や音楽業界にとっては大きな痛手になってしまう。その責任意識のもと準備を進めましたし、チームや参加アーティストには何度もPCR検査や抗原検査をお願いし、とにかく感染拡大を防ぐことに全力を注ぎました。

配信でも会場と遜色なく、むしろ配信ならではの体験を

本多:音という側面で言うと、「配信の音」に関しても今回はこだわりましたね。先ほどもあったように、有観客とオンライン配信を並行して展開する想定もしていたので、会場と配信で臨場感に差が生じたり、タイムラグが生じたりしないようギリギリまで調整をしていました。

亀田:音質面では、3月11日にTBSで放送された『音楽の日』の配信での経験も活きています。この時のハウスバンドはBank Bandが演奏したのですが、そのPAが日比谷音楽祭と同じチームでした。そのときに、チーフエンジニアの志村明さんから、ライブ感を大切にするために「PAのミキサー卓の出力から直接テレビへ送ろう」という提案があったんです。

それが、大変良い成果を生みました。「テレビから聞こえてくる音がまるでライブ会場で味わう音のようだ」という声を数多くいただけたんです。今回の日比谷音楽祭のオンライン配信でもその方式を活用しています。

U-NEXTは元々高音質・高画質を前提にしていますが、それに加え「亀田さんはこういう音を出す」「桜井さんはこういう声」とリハーサルから日比谷音楽祭のステージに立ち合い、僕の理想とする音像を熟知するPAエンジニアが音を作って配信することができた。「ライブ会場で味わう様なライブ感を味わえた」という声もいただけました。

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写真提供:日比谷音楽祭

本多:映像面でも「配信ならでは」と感じるカメラワークなどもありました。一般的なライブビデオとは異なり、少し広角で撮影されていたり、動きがあったりもしましたが、これも意識的にされていたのでしょうか?

亀田:チーム全員の積み重ねですね。僕ひとりが何かというものではなく、チームがコロナ禍を経てこれまで体験してきたこと、実践してきたことを土台に「こうやってみよう」というアイデアが集まってできた結果です。今回取り組んだことが効果的だったと感じていただけるのであれば嬉しいですが、今後もまだまだ伸びしろはあるでしょう。

本多:日比谷音楽祭は、ライブだけではなくワークショップやトークといったコンテンツも豊富です。今回、タイムテーブルにもあるようにマルチチャネルの機能を活用いただき、それらを行き来し楽しめる形になりました。

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亀田:これはオンライン配信ならではの体験を作れたと思っています。ワークショップは2019年も数多く用意したものの、僕は当日のオペレーションや取材等でほぼ参加できませんでした。

一方、今回はワークショップの一部を事前収録できたので、リアルタイムではできないコンテンツ作りができたと思います。収録映像であれば編集もできるので、本来は数時間かけないと伝えられないことをコンパクトにいいとこ取りできたりもする。これは配信との親和性が高いと感じました。

配信とリアルは共存していく

本多:SNSやWebサイトを見ると、ポジティブな声が数多く見受けられました。亀田さんは今回の反響をどのように捉えられていらっしゃいますか?

亀田:普段ライブをやると反響やフィードバックをいただく機会はどうしても限られます。一方、今回は延べ視聴者数15万人、総再生回数51.7万回という数字は嘘じゃないんだなと思える手応えがありますね。

また、個人的に印象に残ったのは、業界全体からの声でした。コロナ禍の中で開催する大規模イベントとして「よいロールモデルになった」という声をいただけました。特に苦労を要した部分でもあったので、その言葉はありがたかったですね。

本多:様々な制約がある中で、それらをしっかりと遵守し成果を出されている。コロナ禍で開催された興行としては、たしかにロールモデルですね。

我々配信事業者としては、「多様な方にお届けできたこと」がひとつの成果だなと感じています。どんなに行きたいライブでも、日比谷までは足を運べない、時間の都合で観れないという方もいます。そんな中、今回は配信だからこそお楽しみいただけた方もいらっしゃった。そういった声が見受けられたのは嬉しかったです。

亀田:僕たちは、音楽やエンターテイメントに興味を持つ間口を広げたいと考え日比谷音楽祭を開催しています。言い換えるなら、音楽や文化の新しい循環の形を作りたいんです。

だからこそ、参加費は無料にし、イベントをきっかけにアーティストに興味を持っていただけたり、音楽やエンターテイメントとの距離が近くなることを目指している。コロナは想定外でしたが、今回オンライン配信をしたことで、結果的に日比谷という場所に限らずより広い範囲へその循環を広げていける契機にもなりました。

その意味でも、今後興行が有観客に戻ったとしても、オンライン配信でしかできないことはたくさんありますし、そのニーズは続いていくと思っています。例えば、ライブ最終日だけはBlu-rayで販売するために収録を入れていたものを配信でも展開する。“生”にしかない価値は間違いなく存在すると思うので。

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写真提供:日比谷音楽祭

本多:日比谷音楽祭の最後でも、亀田さんがそのお話をされていたのが印象的でした。私たちとしても本当に嬉しいことですし、配信だから出会える方々がいるのは間違いないと感じています。

亀田:「配信とリアル」と二分するのではなく共存すると思うんです。配信を機にリアルへ、リアルから配信のアーカイブへといった循環も起こしていきたいですね。

ap bank fesで感じた、配信の進化

本多:ちょうど先日、10月3日には亀田さんも出演された『ap bank fes '21』も配信しました。こちらは振り返ってみていかがでしたか?

亀田:我が家でも、10日の見逃し配信解禁タイミングで家族全員集めて視聴しましたよ。笑 僕は、ハウスバンドBank Bandのメンバーとしての参加で、主催は小林武史さんと櫻井和寿さんのap bankなのですが、ap bank fesとしては、今回はじめて無観客・オンライン配信でしたが、18年間続けているコアのメッセージは変わらず、伝わるモノになったと感じました。少しネタバレになってしまいますが、小林武史さん自らメッセージを発していた部分も良かったです。

会場であるKURKKU FIELDS自体の魅力もありますが、ドローンを飛ばしてのカットや、時間経過・自然の美しさを感じる映像には驚かされましたね。

配信でも誰もが洗練されたライブ体験ができるのではと思います。日比谷音楽祭からわずか数ヶ月後にも関わらず、この短期間でもオンライン配信の体験は進化してると感じました。

こういった僕や、関わるスタッフそれぞれの一個一個の成功例を積み重ねて、オンライン配信の体験をより良いものにしていきたい。そのためには、いろんな立場の人がそれぞれの経験・実験結果を共有し合い、共に高みを目指していくことが不可欠です。今後もさらなる可能性を探っていければと思っています。

本多:本日は貴重なお時間をありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしております。

※『ap bank fes'21 online in KURKKU FIELDS』の見逃し配信の販売期間は2021年10月17日(日)21時まで

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