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米ドラマの変遷から注目作、歴史まで『エミー賞』を語り尽くす。対談:猿渡由紀×本多利彦

アメリカ・エンターテイメント界最高峰の栄誉の一つ『エミー賞』。

毎年9月テレビ業界で功績を残した番組に贈られるこのアワードは、アカデミー賞音楽のグラミーと並び、その行方を世界中が注目しています。

U-NEXTは今年、その授賞式とレッドカーペットの模様を独占配信します。

それに先駆け、本noteではL.A.在住の映画ジャーナリスト・猿渡由紀さんと、ワーナー・ブラザースや20世紀フォックスなどでキャリアを積んだU-NEXT COOの本多利彦の対談を設定。エミー賞の背景・歴史から、アメリカ・ドラマ業界の変遷、今年の注目作までをお話いただきました。

猿渡由紀
L.A.在住映画ジャーナリスト
神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「週刊SPA!」「Movie ぴあ」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイ、ニューズウィーク日本版などのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

本多利彦
U-NEXT COO
1975年生まれ。ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社ブエナ・ビスタ・インターナショナル テレビジョン部を経て、2006年ワーナーエンターテイメント ジャパン株式会社(現:ワーナー ブラザース ジャパン合同会社)インターナショナル・テレビジョン部入社。主にデジタル配信ビジネスに従事。2016年、20世紀フォックスホームエンターテイメント(カリフォルニア州ロサンゼルス)アジア太平洋(APAC)地域にて、Head of Digital Distributionとして、デジタルライセンスビジネスを統括。2019年9月より現職に就任。

ドラマシーズンの始まり、ショービジネス、エミー賞の持つ多様な役割

——はじめに、おふたりの視点から、エミー賞とはどのような賞かを教えてください。

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L.A.在住映画ジャーナリスト・猿渡由紀さん

猿渡:各所で語られているような作品賞という点はもちろんですが、当初は「新シーズンの合図」という側面もありました。

私は92年6月にアメリカに来たのですが、当初テレビをつけて驚きました。夜のゴールデンタイムに、再放送しかしていなかったからです。

「え?どういうこと?」と思い聞いてみると、6月はオフシーズンなんです。アメリカのテレビドラマは9月末〜5月までがシーズン。その後はみんな夏休みに入るので、再放送に切り替わり新作は流れない。4クール構成で常に新しい番組が流れている日本からすると、信じられないですよね。

その中でエミー賞は、9月末から始まる新シーズンに先駆け「さあ皆さんテレビドラマが始まるよ、あなたの大好きなあの番組が帰ってくるよ」と示すものだったんです。当時、ネットワーク(編注:日本でいう地上波)では、ヒット作品は何年も連続して作るのが当たり前だったので、新シーズンといっても基本は続編。

レッドカーペットを歩くのも、前シーズンでも観たおなじみのキャストでした。その光景を見て「ああ、あの作品おもしろかったよね。そうか、来週からまたこの人たち帰ってくるんだ、楽しみだね」と盛り上げるのがエミーだったんです。

本多:映画で言うアカデミーやゴールデングローブ、そしてドラマでいうエミーのようなアメリカの文化賞は、ショービジネスの側面も強いですよね。

ヨーロッパにも三大映画祭がありますが、あちらはコンペティションの側面が強い。一方、それこそエミーはテレビ局各局が毎年持ち回りで開催する仕組みもあり、視聴率を意識したエンターテイメント性がある。僕はそれが非常に好きです。

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U-NEXT COO・本多利彦

猿渡:局の広告塔的な役割は強いですよね。例えば、今年はCBSが担当ですから、CBSで番組を持っているセドリック・ジ・エンターテイナーが司会を務めます。去年はABCだったので、ABCでトークショーをやってるジミー・キンメル。その前はNBCでサタデー・ナイト・ライブに出てるマイケル・チェとコリン・ジョストでした。

だからこそ、最近は皮肉だと感じる側面もあります。ノミネート作も受賞作も、近年はNetflixのような配信やHBOのようなケーブルばかり。今年もネットワークからノミネートしているのは、ドラマ部門でNBCの『THIS IS US/ディス・イズ・アス』、コメディ部門でABCの『Black-ish(原題)』だけ。CBSはどちらもノミネートされていません。

途中で入るコマーシャルも、NetflixやApple(TV+)といった配信業者がかなりの量出稿しています。

ネットワーク、ケーブル、配信への変遷

——次に、受賞作について教えてください。ネットワークからケーブルテレビ、配信とプレイヤーも増えて行く中、エミー賞の受賞作はどう変わってきたのでしょうか?

本多:もともと、エミー賞はテレビ業界を盛り上げるためにはじまったものでした。ただ先ほどもあったように、ネットワークからのノミネートは年々減っている。元々の役割を果たしていたのは、だいたい90年代〜2000年代頃くらいまででしょうか。

猿渡:私がアメリカに来てすぐの頃は「エミーはいつも同じ」という印象でした。先ほどお話ししたとおり、当時は作品数自体も少なく、人気作は連続して作られるのが当たり前。受賞作は別にしても、ノミネート作は毎年同じものばかりでした。例えば、『となりのサインフェルド(原題:Seinfeld)』『フレンズ』『ザ・ホワイトハウス(原題:The West Wing)』(いずれもNBC)は毎年のようにノミネートされていましたね。

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© Warner Bros. Entertainment Inc.

本多:『ザ・ホワイトハウス』に至っては最優秀作品賞を4年連続受賞しましたよね。

ネットワーク以外のペイチャンネルやケーブルテレビ系からノミネートされるようになっていったのは、90年代後半からのように思います。。HBOであれば『セックス・アンド・ザ・シティ』『ザ・ソプラノズ』が先駆けでした。

その後は、ネットワークとネットワーク以外とが競い合う構造になっていきます。『LOST』(ABC)や『24 -TWENTY FOUR-』(FOX)でネットワークが盛り上がったと思えば、『マッドメン』(AMC)や『ブレイキング・バッド』(AMC)『ゲーム・オブ・スローンズ』(HBO)が席巻する。

そして2010年代に入り、NetflixやAmazonをはじめとする配信が登場。作品数も急増し競争はさらに激化、毎年勢力図が変わるような状況になりました。

猿渡:去年まではNetflixが強かったですが、今年はHBOも盛り返してきましたしね。

アメリカのテレビ局

チャネル別・ドラマを展開する企業

「映画が上、ドラマは下」という構造の変化

——テレビから、ケーブル、配信へと主要プレイヤーが移る中、作品の作られ方などに変化はありましたか?

猿渡:わかりやすい点でいえは、映画で活躍されていた監督や俳優が当たり前にドラマに出るようになったことでしょうか。

アメリカのエンターテイメント業界では、少し前まで「映画が上、ドラマは下」という認識が当たり前でした。その昔は、映画に出ていた人がテレビに出ると「落ちたのかな」という印象。少し前の頃でも、映画で成功している人をテレビに連れてくるには、相当な見返りや理由が必要というようなイメージです。

そのなかで、2013年にNetflixから出たデヴィッド・フィンチャー監督の『ハウス・オブ・カード 野望の階段』を皮切りに、著名映画監督・俳優が配信にも姿を現すようになりました。

——なぜ映画業界の方々はドラマの仕事をするようになったのでしょうか?

猿渡:背景には、映画の変化もあります。近年は映画ドラマ問わず作品数が劇的に増えました。ゆえに、ハリウッドの映画スタジオは、大作しか手がけなくなってきたんです。スーパーヒーロー映画や大規模なアクション映画のように、膨大な予算をかけ世界で何十億と稼げるものにフォーカス。あまり儲からないニッチなものや、難しい作品は手がけなくなりました。

その結果、機会が失われたスタジオや監督に、配信会社がうまく場を提供したんです。配信会社はたくさんの作品を作りたいですし、予算もある。かつ、ドラマのように枠が決まっていないので、話数や長さもの制約もない。要するにクリエイターフレンドリーなんです。

クリエイターに自由度高くやらせてくれるから、面白いことや新しい挑戦が次々とできる。結果、昔のテレビではありえないことが、今はどんどん起きています。

例えば、大きな映画スタジオの場合、ある程度以上の年齢の女優が大役を務めるのは稀でした。ですが、今HBO Maxでは、ジーン・スマートが『Hacks(原題)』では主役を、『メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実』ではメアの母親役を演じたりしています。あの年齢の女優が、ふたつも“おいしい役”を同時にやらせてもらえているのです。

『ボヘミアン・ラプソディ』主演のラミ・マレックがまだ無名時代に主演した『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』(USAネットワーク)もいい例ですね。あの作品はとても大胆で、当初は何が起こってるのか全然わからない。6話ぐらいになってやっとわかってくるんです。ネットワークの場合、視聴率が悪ければ1話でも打ち切られることもあるので、あんなことはとてもできません。あのドラマはケーブルチャンネルの放映で、1シーズンを作らせてもらえるからできた面白さですね。

クリエイターフレンドリーで、クリエイターが作りたいものを、作りたいように作らせてくれる。その姿勢が、作品の内容も大きく変えてきているんです。

競争が激化するリミテッド・シリーズの魅力

——作り手の挑戦を積極的に受け入れられるのが配信だったんですね。

本多:プラットフォームの変化に伴い、内容も凝縮されたものが増えました。ネットワークは複数シーズンが基本で、少し前は人気作品の場合1シーズン22話が前提でしたが、配信は1シーズンが13話や11話であるのがデフォルト。内容もその分凝縮されています。

リミテッド・シリーズ(編注:基本的に、話数が限定された1シーズン完結の作品。エミー賞ではドラマ部門、コメディ部門と並び主要3部門の一角を担う)の注目が年々高くなっているのもその理由からですね。今回はNetflixの『クイーンズ・ギャンビット』、ディズニーの『ワンダヴィジョン』、HBOの『メア・オブ・イーストタウン』などがノミネートされています。

猿渡:リミテッド・シリーズは注目度が高いですね。現状ノミネートは5枠なんですが、業界人の中では「少なすぎる」「かわいそうだ」という声も出てきています。例えば今年だと、ニコール・キッドマン、ヒュー・グラントが共演した『フレイザー家の秘密(原題:THE UNDOING)』が話題作だったにも関わらず、ノミネート入りできなかった。年々、競争が激しくなってきています。

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© 2021 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

本多:『フレイザー家の秘密』が外れたのはショックでした。やっぱり枠が足りないですよね。リミテッド・シリーズは、豪華な映画俳優が出る作品が多いという意味でも、注目度が高いですよね。

猿渡:出てる人の華やかさでいえば、リミテッド・シリーズの方がすごいですからね。映画俳優からすれば、1シーズンで終わる短さや、時には自分もプロデューサーなどに入り、クオリティコントロールができるような自由さは魅力的なようです。俳優からすれば、やはり映画も出たい。その間で出演するには、短い方が負荷が少ないですから。

——視聴者側からしても、短い方が「見てみようかな」という気持ちになりますよね。

猿渡:まさに、今は本当に作品がありすぎるので、話題作を追うだけでも追いつかないくらい。シーズンを重ねた作品になると、「シーズン1から追いかけるのはしんどいな」となってしまいますよね。それが数話で終わるまら「じゃあ今からみようかな」と思える。

本多:分かります。僕も『メア・オブ・イーストタウン』は一晩で見切りました。リミテッド・シリーズだと週末があれば見切れる気軽さがありますよね。

二人が語る、今年の注目作

——最後に、お二人の今年の注目作を教えてください。

猿渡:私は『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』です。去年はコメディ部門を大制覇した『シッツ・クリーク』の年でしたが、今年のコメディ部門は『テッド・ラッソ』の年になるだろうと予想しています。主演、助演と席巻するんじゃないかなと。

2021年9月20日追記:プライムタイム・エミー賞 コメディ・シリーズ部門作品賞は『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』が受賞し、主演男優賞(ジェイソン・サダイキス)、助演女優賞(ハンナ・ワディンガム)、助演男優賞(ブレット・ゴールドスタイン)と主要賞を独占した。

本多:たしかに、『テッド・ラッソ』一色になる可能性はありますね。

猿渡:『テッド・ラッソ』はAppleの肝いりなので。すでに『ザ・モーニングショー』も受賞していますが、Appleは遅れてきたけれどお金はある。今年はとれる可能性が高いから、宣伝にも力が入ってます。

本多:私は願いも込めて、『メア・オブ・イーストタウン』。これは、とってほしいと心から思ってます。

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© 2021 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

猿渡:とってほしいという気持ちは私も同じです。こちらでも本当に評判がよく、私自身大好きな作品です。この評判はおそらく審査員の耳にも届いているんじゃないかなと思います。

2021年9月20日追記:プライムタイム・エミー賞 リミテッド・シリーズ部門作品賞は『クイーンズ・ギャンビット』が受賞した。

本多:『メア・オブ・イーストタウン』は複雑な作品なんです。殺人事件がバックグラウンドにありがなら、おばあさん、自分、子どもという三世代の女性の話や、ある種閉鎖された町みたいな話も含まれる。最初難しいと思う人もいるかもしれませんが、HBOはあえて“ついてこれる人たち”のために作っている。そういう振り切り方が私は好きですね。

猿渡:最初、人間関係わかりにくいじゃないですか。「なんでケイト・ウィンスレットに孫がいるの?え?孫?」みたいな。それが途中で分かってくると「なるほど、こういうこと」と楽しくなってきますよね。

——今年はどんな作品が受賞するか楽しみですね。昨年はオンラインのみでしたが、オンラインとオフラインを融合したエンターテイメントショーのあり方にも注目したいです。お二方ともありがとうございました!

▼ 配信はこちらより
ライブ配信URL:https://video.unext.jp/livedetail/LIV0000000401
アーカイブ配信URL(2021年9月25日以降):https://video.unext.jp/title/SID0062003



受賞作品&受賞者一覧(2021年9月20日追記)

【ドラマ・シリーズ部門 作品賞】
ザ・クラウン

【コメディ・シリーズ部門 作品賞】
テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく

【リミテッドシリーズ部門 作品賞】
クイーンズ・ギャンビット

【ドラマ・シリーズ部門】
●主演女優賞:『ザ・クラウン』 / オリヴィア・コールマン
●主演男優賞:『ザ・クラウン』 / ジョシュ・オコナー
●助演女優賞:『ザ・クラウン』 / ジリアン・アンダーソン
●助演男優賞:『ザ・クラウン』 / トビアス・メンジーズ
●監督賞:『ザ・クラウン』 / ジェシカ・ホッブス
●脚本賞:『ザ・クラウン』 / ピーター・モーガン


【コメディ・シリーズ部門】
●主演女優賞:『Hacks(原題)』 / ジーン・スマート
●主演男優賞:『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』 / ジェイソン・サダイキス
●助演女優賞:『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』 / ハンナ・ワディンガム
●助演男優賞:『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』 / ブレット・ゴールドスタイン 
●監督賞:『Hacks(原題)』 / ルチア・アニエッロ
●脚本賞:『Hacks(原題)』 / ルチア・アニエッロ、ポール・W・ダウンズ、ジェン・スタツキー

【リミテッド・シリーズ部門】
●主演女優賞:『メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実』 / ケイト・ウィンスレット
●主演男優賞:『HALSTON/ホルストン』 / ユアン・マクレガー
●助演女優賞:『メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実』 / ジュリアンヌ・ニコルソン
●助演男優賞:『メア・オブ・イーストタウン / ある殺人事件の真実』 / エヴァン・ピーターズ
●監督賞:『クイーンズ・ギャンビット』 / スコット・フランク
●脚本賞:『I May Destroy You(原題)』 / ミカエラ・コール




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