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「映画なんか、観てる場合だ。」——U-NEXT新CM『映画集め』篇の舞台裏

2020年12月より、U-NEXTは『映画集め』篇と題したCMを公開しました。

映画好きだった主人公が、母からの電話で、昔撮りためてはラベリングして並べていたVHS(ビデオテープ)を処分するかと聞かれ、映画に夢中だった頃を思い出すというエピソードのCMです。

映画館、年末年始のTVなどを通し公開したので、目にされた方もいらっしゃるかも知れません。U-NEXTにとって全国区のCMは2作目。ただ、過去とは打って変わり、今年はサービスの紹介などではなく、純粋な映像作品に近いアウトプットを目指しました。

このCMはいかに生まれたのか。監督を務めていただいた箱田優子さんと、プロジェクトを担当したU-NEXT 映画部 部長の林健太郎のお話を通しお伝えしていきます。

箱田優子
茨城県出身。東京藝術大学美術学部絵画科を卒業後、葵プロモーション(現AOI Pro.) に入社。CMディレクターとして活躍し、2013年よりCluB_Aに所属。2018年ツヴァイ「ひとりじゃない。」CMで、ACC TOKYO CREATIVE AWARDSシルバーを受賞。2016年、映画監督デビューを飾った『ブルーアワーにぶっ飛ばす』でTSUTAYA CREATORS’ PROGRAMにて審査員特別賞を受賞。第22回上海国際映画祭アジア新人部門で最優秀監督賞を受賞。

林健太郎
U-NEXT 映画部 部長。ギャガ、キネマ旬報社を経て、現職に。偏差値45以上の映画なら大抵泣ける、優しい涙腺が持ち味の44歳二児の父。

映画に対するU-NEXTのこだわりを形に 

——はじめに、今回のCMを作ろうとなった経緯を教えてください。

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林健太郎

林:U-NEXTにとってこのCMは2作目です。前回は「とにかくU-NEXTの認知度を上げる」ために「はじめまして、U-NEXTです」というコミュニケーションを行いました。対して今回は、もっと踏み込み「U-NEXTはこういうことを考えています」「こういうことを大事にしています」と表していこうと話をしていました。その前提で考える中、映画についてのCMがいいかもしれないという話になったんです。

理由は3つありました。1つ目は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、映画業界が厳しい状況に立たされていること。だからこそ、このタイミングで「映画って僕たちにとって大事なものだよね」と伝えるべきだと感じていたんです。

2つ目は、映画の多様性が減ってしまっていること。実は、映画の興行収入や上映本数は2019年までは右肩上がりに伸びています。ただ、爆発的に一人勝ちする映画が多く、第二、第三集団が観られなくなってきてしまっている。観る人によって評価が分かれるものや、ニッチなものは選ばれなくなってきているんです。

それに対し我々は、「間違いのない」ものだけを効率的に観るのではなく、一部の人しかいいと思えなくても、どこか愛を感じるものも楽しんで欲しい。「映画ってもっと愛すべき存在だよね」と伝えたかったんです。

最後の3つ目は、実態と認知の差が一番大きかったこと。これは、事業的な観点もそうですし、前2つのような考え方や想いの部分もです。U-NEXTは他サービスと比較しても最新作の数も、見放題作品の数も非常に多い。映画だけでも10,000タイトル近くの見放題作品を揃えていますが、残念ながらその事実があまり伝わっていませんでした。

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——なぜ、そんなに多くの映画をそろえているのでしょうか?

林:それは我々が、“ビデオレンタル店の最終進化系”を目指しているからです。日本においてビデオレンタル店は、映画館と並んで、もしくはそれ以上に映画文化を支えてきた存在です。新旧問わないラインナップの豊富さや棚づくりの面白さ、手軽に手に取れる価格、お客さんと店員さんのコミュニケーション…。U-NEXTはそれと近い存在、ないしはそれを超える存在になりたいと、かねてから目標にしていました。

そこを目指すにはなんといってもまず、数が必要です。2000-3000タイトルでは全然。映画好きが通うようなお店は何万タイトルも揃えていたので、実は1万本でもまだまだ足りません。ただ、これはデジタルのプラットフォームではなかなか難しいことなんです。デジタルでは「人気/不人気」が数字ではっきりと分かる一方、作品を観ているお客さんの表情は見えませんから。「数字的に不人気」なものは、簡単にラインナップから切り捨てられてしまいます。

レンタル店も、年間稼働率という数字で「人気/不人気」は計測しています。ただ、レンタル店は借りていく人の顔やキャラクターが見えるので、数は少なくてもその一回一回の“重み”がわかる。でもデジタルのサービスでは、「人気がない」という数字しかわからない。

たとえば、文化的に極めて意味のある小津安二郎監督の作品や、逆に凄まじくくだらないZ級の未公開洋画などは、観る人の数は限られてしまう傾向にあります。ですが、その一回一回にはすごく意味があるかもしれない。決めつけかも知れませんが、我々はそれを信じ切ることにしているんです。

——定量では測れない価値を信じるからこそ、やれていると。

林:そうですね。これは「人生に、ムダな時間を。」「映画なんか、観てる場合だ。」というCMのコピーにも表れています。他のサービスは、正確なレコメンドで効率よく相性のよいタイトルと出会えます。もちろんそれは素晴らしい特徴ですが、確実なものと出会える一方、観る人を選ぶニッチな作品のような、データ上は「余計」と見做されてしまう映画とは出会えなくなってしまう。僕らはそうじゃない、「愛すべき余計なもの」も大切にしたいと考えています。

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偏愛を象徴するVHSの棚

——その想いを実現するため、今回「映画集め」篇というCMを作られました。企画段階では6つほど案があったそうですが、これに決めた理由を教えてください。

林:今回の案は、いずれも「映画との記憶」「映画と私の今」をテーマにしたものでした。欲を言うなら『映画との記憶、映画と私の今』とシリーズ化したいくらい、ひとつだけ選ぶのが惜しいものばかり。どう選ぶかをかなり悩んだのですが、大切にしたのは共感性です。

「こういうの、あったね」「こういうの、いいね」と強く思える人がどれくらいいるだろうか。その軸で選んだのが「映画集め」でした。もちろん、「これって、わかる人、限られない?」という意見もありました。実際、VHSを知らない人もいる。ですが、その時代に生きていなくても、自分がやっていなくても、伝わるんじゃないかと思ったんです。

ある種の賭けでもあったんですが、「VHSが積み上がっている絵は強いだろう」という期待もありました。一つの何かを猛烈に愛する、偏愛を象徴するような絵だなと。見方によっては滑稽だけど、ものすごく愛おしい。それは伝わるんじゃないかと思ったんです。

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企画書段階の概要

林:あと、このアイデアは「1本1本の映画が宝物なんだよ」と伝えられるなと思いました。例えば、「U-NEXT、映画1万本見放題!」と言ったところで、「で?」ってなりますよね。それはすごく乱暴な伝え方だし、「1万」という記号でしかないから。

録画したVHSをきれいにラベリングするって…僕ももちろんやっていましたが(笑)、これって改めて考えるとすごくムダなことなんだけど、その姿からは1本1本が宝物だというのが伝わります。僕たちにとっては、それが1万本積み重なったものがU-NEXTなんです。

実際、デジタルな面構えでシュッとしたデザインの画面の中にサムネイルが並んでいるだけだと、そうは見えないですよね。でも実は、U-NEXTの中には、きれいにラベリングされたVHSのように、想いの詰まった作品が並んでいる。伝えたいことと合致しているなと思いました。

「映画に夢中になっていた頃を思い出す」という軸

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箱田優子監督

——最初に企画書を見たとき、箱田監督はどう思われましたか?

箱田:冒頭に林さんがおっしゃっていたように、前回までのCMとは180度違うものだったので、「強い意志があって、こういう企画にしたんだろう」と感じました。それと同時に、「今やる意味がある」「こういうもの、足りていないな」と思ったので、是非にと関わらせていただきました。

というのも、最近の広告は「売れています」「スペックが高い、いいものです」など、具体を伝える企画が増え、その前提の“気持ち”を伝える話はどんどん少なくなっています。

加えて、映画業界が厳しい状況にある中で、少しでもその力になりたいという気持ちもありました。私自身、いろんな映画があって欲しいという気持ちもありますし、そこを一緒に伝えていければと。

——制作する上で、特に重視した点などはあるのでしょうか?

箱田:この点は、今回CD(クリエイティブ・ディレクター)が、最初から明確に定めてくれていましたね。「今回のゴールは、CMに触れた人の中で、映画との記憶が立ち上がり、映画に夢中になっていた頃の気持ちを思い出してもらうこと」だと。方向性が明確ですし、自分自身納得感もあったので、「であればこうしよう」という具体のアイデアや、人選、画、補強すべき要素などもイメージしやすかったです。

まずは、映画が主軸にある人を中心にスタッフィング。「CMだからきれいで消費者が少し憧れる世界を作る」のではなく、「共感性や等身大、物語を重視し、突き抜けることを目指す」と伝えていきました。

なので、普通のCMではなかなか通らないであろう家で撮影したり、普通だったらカットされるであろうやりとりを生かしたりしています。画作りも、「映画好きな人ならここ気づいてくれるかもな…」みたいな要素を少しずつ、仕込んでるんですよ。気づくと楽しいと思います。

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——それでいうと、VHSが並ぶ棚は「懐かしい」「あった、あった」となる作品が多かったです。

箱田:まさに、あの棚はかなりこだわって作りました。もちろん主人公はどういうものが好きで、どういう性格でといった設定はあるんですが、現場も映画好きばかりだったので、「この人こういう流れでこういう映画が好きになって、だんだんこっちに転んでいったんだ」みたいな話を延々とするんです。「テレビの近くの棚は意外とメジャー作品が多めだけど、上の棚の二段目には、なんだかちょっと背伸びした作品を…」みたいな。

時代背景も細かく設定してて、2020年に41歳の人が、15歳ぐらいのときに、なにを観てどう貯めていくかを考えています。たまたまスタッフもその年代が多かったので、「これ初めてのデートで観に行ったやつだ」とか、盛り上がってましたね。

大きく映る部分に関しては、主人公・佐々木の子ども時代を演じた萩原護(はぎわら・まもる)くんが実際に描いてくれています。画面に映らない部分とかまで含めると最低でも300本は必要だろうと考えていたので、萩原君に加えて、スタッフも夜なべしながらみんなで描きましたね。現場では各々が自分が描いたラベルをプレゼンしていました。

「僕のおすすめのこれはですね…」とか「適当に書いたラベルってすぐバレる」「僕のコブラ、最高じゃないですか」みたいに言い合いながら。あの部屋には、スタッフ全員の念がこもっているんです(笑)。

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二人の主人公が決まるまで

——大人の佐々木を演じた劔樹人(つるぎ・みきと)さんは箱田監督がご提案くださったと聞きました。どのように考えて、キャスティングされたのでしょうか。

箱田:なかなか他社ではないキャスティングかなと思います。今回は、自分の隣にいる人かもしれないみたいな人にスポットライトが当てた方がはまるんじゃないかと考えたんです。

みんなが知ってる俳優さんがやる方が、認知度や話題になるという意味でも効果的という考え方もできると思います。ただ、そうするとどこかで、自分とは違う世界を見るような距離感ができてしまう。であれば、認知度は高くなくても自分と心の距離を近づける配役がいいだろうと。

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林:劔さんは、ちょうど21年2月に公開される映画『あの頃。』の原作者として知っていて、「そうか、この方か」という印象でした。どういう演技をされるかは分からなかったですが、劔さんだったらご自身の人生含めて、佐々木という役にはまるんじゃないかなと感じたんです。

——演技などは細かく詰めていかれたんでしょうか。

箱田:劔さん自身からすごく離れた役ではなかったので、ご自身に落とし込んだ中で、違和感がある部分を現場で話し合うみたいなことはしました。

ですが劔さん自身、表現者として人前で何かをすることに関しては経験のある方なので。いわゆる手練の俳優さんとは違うアプローチではありますが、彼のほうから「こうしたらどうか」というアイデアもたくさんいただきましたし、一緒に形にしていった感じです。

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——過去の自分と出会うシーンがとても印象的でした。あのシーンはこだわってつくられたのでしょうか。

箱田:そうですね。あのシーンで「どういう顔をするか」はかなり重視しました。

実はあのシーン、若い頃の佐々木を演じた萩原くんが活躍しているんです。萩原くんは手慣れの俳優なので、劔さんのいい表情を引き出してもらえるように、いろいろ仕込んでいたんです。彼の方からも、「こうしましょうか」「ああしましょうか」とアイデアを出してくれて、カメラに写ってないところでも活躍してくれました。

萩原くんとは、別のお仕事でご一緒したことがあったんですが、彼はそもそも「最近こういう映画観ましたか」みたいに話すくらい映画が好きで。今回たまたまオーディションにきてくれていたので、現場に入る前からだいぶ話をしました。

二人が向き合ったときの会話も、彼と話して「今の映画はおもしろいかを聞いてみようか」「そうしたら何て言うんだろうか」など、話しながら形にしていったんです。 

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入念な詰めから生まれた、力の入ったコンテ

——今回、箱田監督が描かれた演出コンテを拝見し、U-NEXT社内では「これは楽しみだ」とすごく盛り上がったそうなんです。たしかに完成版を想像させるようなアウトプットでしたが、作られる際に気をつけたことなどはありましたか?

箱田:実は、普段はあまりコンテを描きたくない方なんです。よっぽど変わったアングルを使う、変わったカメラワークをするといった時以外は、あまり描き込みません。ただ、今回は特殊な場面もすこしあったものの、それを差し引いても相当描き込んでいます。

というのも、スタッフに圧をかけたかったんです(笑)。勝手知ったるスタッフでしたが、だからこそ「こいつ、今回かなり力を入れてるな」という感じを意図的に出したかった。今回、『万引き家族』や私の映画も撮っていただいた近藤龍人さんという方にカメラマンをお願いしたんですが、どう撮るかも裏で相当話しました。

そこでの詰めだったり、現場スタッフとの詰めを踏まえ書き込んだので、それが最終的なコンテに出ていたんだと思います。

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箱田監督の演出コンテ

——普通のCMではそこまで詰めることはないのでしょうか?

箱田:もちろん、スタッフと進め方をすりあわせるのは必要ですが、俳優さんとはすりあわせをしない場合もあります。当日「はじめまして」「よろしくおねがいします」「お疲れ様でした」という案件も決して珍しくはありません。ただ、今回はそれで成立するような映像の作り方ではないですし、想いもあったので。かなり細かく詰めたと思います。

私自身、ナチュラルに佐々木みたいな人間だったんですよ。今でこそそんな空気はないかも知れませんが、当時はオタクって言われたらどうしようと恥ずかしかったです(笑)。そんな若干日の目を見ないような人が今回の主人公だったので、「これ自分のことかも」と思える要素をうまくすくい取りたいなと力が入りましたね。

“映像的な良さ”を突き詰めた作品に

——実際、出来上がったCMを見て、どう思われましたか。

林:「全部監督の頭の中にはあったんだな」と感服しました。制作プロセスでは、僕らが素人ながら意見して、対応いただいた部分や突っぱねられたところもたくさんあったんですが、それに対しても「なるほど」と納得するとともに、口出したのが申し訳なくなりました(笑)。監督には最初から全部見えてたんだなと。

ただ、社内に見せるのには少し緊張しましたね。普通のCMと比べたら、かなり異色なものだったので。実際は、「すごくいいですね」と太鼓判を押してもらえましたし、年末年始のTVCMや映画館でのシネアドの反響をみても、かなりポジティブでとても嬉しいです。

箱田:反響があったと聞いて安心しました。“家に着くまでが遠足”じゃないですけど、やっぱり届くまではどうか分かりませんから。

——監督は、撮影中「今年一番やってやった」とおっしゃっていたとも耳にしました。

箱田:最終日ですよね。本来はすべてそうあるべきですが、今回はCMながら「どうすれば映像的に良いものをつくれるのか」を、みんなが純粋に突き詰められた感触があったんです。なので、終わったときすごい“やってやった感”があったんですよ。

特にCMの場合、純粋に役者の芝居を撮るような仕事は減っています。それこそ、「すいません2秒あるので、そこで”○○新登場”と入れられますか」といったニーズに応えなければいけない仕事も多い。その中で、純粋に「ここ、どういう気持ちで動いてるの?」みたいなことに向き合える現場はやはり少なくなってきている。

周りのスタッフ含めその感覚を共有していたので、みんな嬉しかったと思います。本当はみんなこういうものが撮りたいし、見て欲しい。そういう現場でしたね。

——嬉しいですね。最後に、このCMをどう見て欲しいですか?

箱田:私はシンプルに「映画に夢中になっていた頃の気持ち」を思い出してもらえたら。

林:僕は、本当何度も止めて隅々まで見て欲しいです。棚の話だけでなく、現場の美術も隅々までこだわっていて。ラベルもそうですが、それ以外も含めて季節季節で細かく変わっていったりするんです。そういった部分含め、楽しんでいただけると嬉しいです。

みんなにも読んでほしいですか?

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